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名古屋大学大学院工学研究科 マテリアル理工学専攻 准教授
大竹尚登

 今、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)へのまなざしが熱い。90年前後の第1次DLCブームから約20年を経て本格的な市場の拡大が続いている。数年前から量産自動車部品への応用が本格的に始まったことが大きく、研究開発の刺激にもなっている。ブームは日本だけではない。欧米では以前から自動車への応用がかなり進んでいるし、韓国でもDLC産業は急成長している。本稿ではDLCの工業的応用についての現状を整理したうえで、我々の進めているセグメント構造DLC膜について述べる。さらに今後のDLC関連技術を展望する。

【「環境」背景に関連産業成長、機械部品の保護膜用が増大】

 最近のDLC産業の成長のバックグラウンドにあるのは地球環境問題と法規制である。つまり、従来のコーティングや流体潤滑といった役割に代わる環境負荷の小さい材料として白羽の矢が立てられた。DLCが注目されたのは、たまたまではなく、材料として優れた特性を持つからだ。
 その根底には炭素(C)というIV族最高位元素が主役の材料だという事実があると筆者は思っている。IVという中庸の位置を占めているからこそ、ダイヤモンドの四面体構造があってそれがDLCの特性にかかわっているし、化学的安定性や生体親和性の高さにもかかわってくる。
  このDLC技術が環境問題の決め手とまで言うつもりはないが、キーテクノロジーの一つであることは疑う余地がない。世の中のあらゆる動いているものの摩擦係数を0・1下げることが、どれだけのエネルギー損失低減になるかは明らかであろう。
 DLC膜とは、ダイヤモンドのsp3結合(炭素原子から手が4本出ている)とグラファイトのsp2結合(炭素原子から手が3本出ている)の両者を骨格構造としたアモルファス炭素膜である。簡単に言えばナノレベルでダイヤモンドと炭が混ざり合ったもので、20―80%がダイヤモンドと思えばよい。
 DLC膜は高硬度、高耐摩耗性、低摩擦係数、高絶縁性、高化学安定性、高ガスバリアー性、高耐焼き付き性、高生体親和性、高赤外線透過性などの特徴を持ち、表面が平たんで200度C程度の低温で合成できる。このことから電気・電子機器(ハードディスク、ビデオテープ、集積回路など)や切削工具(ドリル、エンドミル、カミソリなど)、金型(射出成形など)、光学部品(レンズなど)、PETボトルの酸素バリアー膜、衛生機器(水栓)、装飾品など幅広く応用され始めている。
  とりわけ、各種硬質膜の中でも10ギガパスカル以上の高い硬度による優れた耐摩耗性と低い摩擦係数を持つことから、機械部品の保護膜として需要が加速度的に増大している。
 さらに最近では、自動車用の量産部品としても実用化されている。インジェクターなどでは以前からDLCが用いられていたが、ここ3年間で適用範囲が大幅に拡大している。代表例のひとつは電磁クラッチ板へのコーティングで、油中での摩擦係数がより高くなること、および滑り速度に応じて摩擦係数が増加することを利用した点でユニークな応用である。
 またエンジン部品としては、カムフォロアへの応用がある。DOHCエンジンのカムが吸排気バルブを押す極めて重要な摺動(しゅうどう)部であることから、このような個所にDLCが実用化されたことは注目に値する。さらに、ロータリーエンジンの部品にもDLCが採用されている。これらの自動車応用技術は、日本のDLC合成装置およびDLCコーティングのレベルの高さを物語っていると言えるだろう。

【基材変形による膜への影響、「基盤の目」構造で最小限に】

 DLC膜を実際に部材に応用する場合には、膜の内部応力や基材との密着力がしばしば問題となり、必要に応じて対処することが不可欠となっている。例えば、DLC膜中に金属元素を添加したり、膜の多層化、傾斜層や中間層の形成といったさまざまな手法が挙げられる。
 最近では、DLC膜の需要は工具や金型といった金属材料を基材とする製品にとどまらず、ゴムや樹脂材料など軟質な材料上への需要も増加している。このような基材にDLC膜をコーティングする場合の問題点として、DLC膜が高い内部応力を持つことや基材との密着力が低いことに加え、基材の変形により膜にクラックが生じ、はく離しやすくなることなどが挙げられる。こうした場合には0・1ギガパスカルと非常に低硬度の柔軟なDLC膜を合成する方法が提案され、応用例としてカメラのOリングなどに適用されている。
  一方、著者らは特に基材の変形によってクラックが生じるのを抑制するためのコーティング法として、DLC膜のセグメント構造化を提案している。そこでセグメント構造DLC膜の合成とトライボロジー特性を検討した結果を述べる。
図1 セグメントDLC膜は、図1左側に示すような連続膜に対し、図1右側に示すような碁盤の目のような構造である。連続膜では、基材が大きい弾性変形または塑性変形を生じた場合にクラックが生ずるが、このセグメントコーティング法は、一部にクラックが入っても他セグメントへの影響が小さく、高信頼性のコーティングが得られる。
 また、潤滑油や摩耗くずをセグメント間に保持することで、アブレシブ摩耗を抑制しながら潤滑油による潤滑効果を持続させることができるため、基材の変形によるコーティング膜のはく離が心配となる部材に広く応用されると期待される。
  セグメントDLC膜の合成は、プラズマCVD法により行っている。合成の前処理として、アセトン中で基材の超音波洗浄をした後に、チャンバー内でアルゴンガスを用いてスパッタエッチングを行った。
 DLC膜と基材の密着力向上のためにテトラメチルシランガスを用いて中間層を形成し、電源には高電圧直流パルス電源(玉置電子工業製)を、電極には金属メッシュ形状のものを用いた。つまり、金網の上に基板を置いておくと、金網がマスクになってセグメント構造のDLCが形成できる。
図2 図2は、A1050基材に対して連続構造DLC上にセグメント構造を形成したコーティング〈TypeA〉である。図3は〈TypeA〉とセグメント構造上に連続膜を形成したコーティングのボールオンディスク試験結果である。連続膜の場合と比較して安定した摩擦係数を示していることがわかる。
  この際のDLCの摩耗量もセグメント構造〈TypeA〉では連続膜の約3分の1と小さく、かつSUJ2ボールに対する相手攻撃性も低い。これは、デブリ(破片)を溝部にトラップする効果によりアブレシブ摩耗が抑制されているためである。
図3 さらにセグメント構造DLCは、溝部に第三物質を添加できる特徴を持つ。市販のスプレーを用いてフッ素樹脂を添加すると、摩擦係数がDLCのみの場合と比較して顕著に低く、かつ静的水滴接触角が100度程度の撥水(はっすいせい)性を持つハイブリッドDLC膜を簡単に形成することができる。低摩擦係数の状態は、セグメント溝のフッ素樹脂が徐々に界面に供給されてなくなるまで、長時間維持される。
  機能の複合化はDLCの応用展開に際し重要な課題。フッ素樹脂に限らず、DLCと他材料との組み合わせは無限でさまざまな機能の複合を図れる点がこのセグメント構造DLC膜の特徴になっている。

【生体機能材への応用始まる、電機・電子材料には課題山積】

 DLCが面白いのは、鉄鋼材料と似て機械的特性の幅が大きいことである。鉄鋼材料では降伏応力で10倍程度の広がりがあるが、DLCもまた硬さで10倍程度の幅がある。鉄鋼材料を設計に応じて選択するように、DLCも用途に応じて選択する時代に入っている。
 さらには、鉄中への不純物添加(炭素以外でも)によってさまざまな特性が発現するように、DLCに不純物添加したり表面官能基修飾したりするのは魅力的な考えである。実際ケイ素などさまざまな元素を入れたり、DLCと他の材料とを組み合わせたりすることが提案されている。
 これらの方向は「マイDLC」―自分自身の目的とする機能を発現するDLCを設計し、つくってゆくことと言える。結果として製品製造における独自のキー技術に育つもので、目指すべき研究開発の方向だと思う。
 最後にDLCの未来について私見を述べたい(図4参照)。合成法としてはCVD、PVDそれぞれが特徴を生かした進化を遂げてゆくものと思われる。ブレークスルー技術としては大気圧成膜が挙げられる。コスト面で従来のメッキと比較したり浸炭と比較したりされるが、現在のDLC成膜技術ではそこまで低減できていない。DLCを採用するかどうかは性能との兼ね合いということになろう。社内での環境活動や法規制が動機になることもあり得る。
図4  評価法としてはDLCの標準化が重要であり、一方では現場でDLCの品質評価をどのように行うかが重要。現在のところはラマン分光、硬さ試験、スクラッチ試験が主な手法となろう。
 DLCの応用については機械的応用の進展がまず挙げられる。ついで機能のハイブリッド化、すなわちDLCの特性と他の材料の特性をハイブリッド化することが挙げられる。これも「マイDLC」の流れである。
 さらに、DLCが生体親和性の高い材料ということもあってガスバリアーや生体応用はすでに立ち上がってきている。微小化学分析システム(マイクロTAS)などのマイクロ・ナノ技術と融合することで近い将来かなりの勢いを示しそうだ。
 最後は電気・電子素子への応用である。実際に研究してみると水素化アモルファスカーボン(ここではDLCとは呼ばない)の電気・電子的応用は欠陥制御をはじめとして難問だらけで、現状では素子としてすぐに用いるのは難しい。合成技術に立ち戻って欠陥の少ない水素化アモルファスカーボンを合成すること、または一部の半導体のように欠陥が多くてもキャリアが消滅しないような構造を発見することが望まれる。
 炭素系の太陽電池で20%の効率が出ればノーベル賞も夢ではない。これは旧国研や大学の仕事かもしれないが、20年後にそんな夢が実現していることを期待したい。

 

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